カテゴリ:さざえのつぶやき( 52 )


今年のネジバナ

  庭の一部に高麗芝が生えています。
 広さにして畳8畳ほど。
 冬の間枯葉色だった庭が、春が兆すと少しづつ緑が多くなって、眺めるこちらまで温かい気持ちになりますが、同時にまたスズメのテッポウ、カタバミ、ジシバリなど、要するに雑草という侵入者がはびこり始めます。
 昔の人は『貧乏芝』といったそうですが、なるほどこいつらを退治するとなると仕事が出来なくなります。
 
 唯一例外はネジバナです。
 20年も前、使い残って庭にこぼれた盆栽用土の『けと土』から生えたと思われる一株が、今では芝生のあちこちに殖えて梅雨入りと共に咲き始めました。
 
 6時に暁鐘を撞いての帰り、しばししゃがんで眺めるのが日課の始めになっています。

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by oantaka | 2014-07-01 20:45 | さざえのつぶやき

もうじき巣立ち

  巣の補修を始めてから2ヶ月近く、卵から孵って以来雨の日も晴れの日も、それこそ夜明けから日暮れまで夫婦で子育てをした甲斐あって、ヒナ達は5羽ともすくすくと育ち、巣から溢れんばかり。
 明日にでも巣立ちでしょうか。

 また、寂しくなります。
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by oantaka | 2014-06-22 20:14 | さざえのつぶやき

聞いてきました、9条の会

去る6月7日、館山市のコミュニティセンターでの『館山九条の会』主催の勉強会を聞いてきました。講師は弁護士の髙橋勲さん。
 温厚なお人柄と巧みな話術に引き込まれ、私としては珍しく1時間半のお話を最後まで聞かせてもらいました。ただ、残念なことに後の予定もあって、肝心の質疑応答は聞けませんでしたが。
 お話を聞いていると、誠にもっともなことで、それを変えようと頑張っている安倍政権は危険な政府だと思えてきます。
 しかし、会場を出ておもての風に吹かれると「待てよ。どこか変だなあ。」と思えて仕方なかったのも事実です。
 
 世界の中に「軍備は持っているけど使いません。」といっている国は、日本以外にあるのでしょうか。何故使わないかというと「世界はみんな善人ばかりだから。」という憲法前文ですよね。
 朝日新聞や護憲派といわれる“進歩的文化人”たちは、お口が上手なので説得力があるのですが、歴史的な経緯を考えるとどうも胡散臭い。

 そもそも憲法成立を議題にした当時の国会で、賛成は与党だけで、共産党を始めとする野党は「占領軍お仕着せの憲法など認められない。」と反対したそうですし、戦犯についても朝野挙げての赦免についての決議案が、五回にわたって採択されているということです。

 社会党の古谷貞雄議員は「敗戦国にのみ戦争犯罪の責任を追及するということは、正義の立場から考えましても、基本的人権尊重の立場から考えましても、私は断じて承服できない。」と演説し、改進党の山下春江議員は「従来の国際法の諸原則に反し、しかもフランス革命以来人権保障の根本的要件であり、現在文明諸国の基本的刑法原理である罪刑法定主義を無視して、犯罪を事後において規定し、その上、勝者が敗者に対して一方的にこれを裁判したということは、たといそれが公正なる裁判であったとしても、それは文明の逆転であり、法律の権威を失墜せしめた、ぬぐうべからざる文明の汚辱であると申さなければならない。」と、東京裁判を痛烈に批判したということです。
 
 最終的な戦犯の釈放は昭和33年5月だそうですが、当時は東京裁判とその結果である戦犯への批判的意識は、与野党を超えた国民の総意だったということが分かります。
 靖国神社のことも同じですが、戦犯も憲法も、当時と少しも変わっていないにも関わらず、百八十度見解が変わった人たち、特に「安倍首相は憲法を変えて戦争できる国を目指している」と論難する人たちは、いつから、何故そうなったかを国民に分かりやすく説明する責任があると、私は思っています。

 もう一つ、所謂護憲派にお尋ねしたいのは、自民党は結党以来憲法改正が党是だそうです。
 ということは、憲法改正を果たそうとする安倍首相は党是に忠実だということであり、若しそれが危険なことであるのならば、その党是を野放しにしてきたあなた方にも、責任の一端があると言わざるを得ないのです。
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 ちょっと心配になってきたのは、“護憲派”は最終的には武力の放棄でしょうから、自衛隊は要らないということでしょうか。
 もしそうなら、当然の帰結として日米安保は解消することになるでしょう。
 丸腰の日本に有事の場合、どうやって止めさせるのでしょうか。

 「その時はこういう奥の手があるよ」と言う話は聞いたことがないので、ちょっとどころか大いに不安です。
 「その時は国連に訴える」と聞いたことがありますが、ご存知の通り国連はこんな場合、全く役に立ちません。何せ常任理事国に拒否権という伝家の宝刀があって、正義不義ではなく自国のエゴだけで拒否権を使うので話が進みません。

 日本はアメリカに次いで世界第2位の分担金を払っているのに(几帳面に払っているのは日本だけだそうです)、国連は役立たずだと思っている人は他にもいると見えて、日下公人さんの最近の著作『優位戦思考で世界に勝つ』(2014.04.03 PHP P213)で、当時会長をしていた日本財団で、安倍晋三氏を招いての外交問題の勉強会の時「常任理事国になって国連改革を主導し、新しい世界秩序を打ち立てるという日本の主張が通らなければ、国連に見切りをつけて、名前は何でもいいから新しい国連を作れば良い。この指止まれと言えば、現在の加盟国のうち130カ国ぐらいはついてくると思う」といったら、安倍さんは即座に「アメリカもついてくる」といったそうです。
 
 安倍首相の『地球儀外交』と言う言葉は最近だと思いますが、遙か以前から世界の中の日本の位置が見えていたということですね。
 
2014.06.12追記

by oantaka | 2014-06-10 20:44 | さざえのつぶやき

しのべのタケノコ

 
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昭和9年生まれは、開戦の年にこの年から『国民学校』になった小学校に入学し、敗戦で学制が替わった中学校に最初に入学した、変わり目の仲間です。
 占領軍の意向に沿わない部分を墨で消した教科書で勉強しましたが、先生も食料同様払底していましたから、今考えるといい加減な先生も沢山おられたような気がします。
 上田敏訳、カールブッセの詩「山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う」は「さち住むと…」でした。
 数学は、野島崎灯台の職員の吉田先生が教えに来ていました。
 海上保安庁の職員が先生をしていたわけですが、理科や数学が面白くなったのはこの先生のおかげです。
 
 卒業してからも、先生の官舎に時々泊まりに行きました。
 煮炊きはニクロム線の電熱器でしたが、最先端の文化生活ってこういうものかと実感したことを憶えています。

 その吉田先生には、石廊崎の灯台に出向していた頃、周りの竹やぶのタケノコや、断崖の下の海で捕る魚や磯のものが、美味しいおかずになるなどの、近況を伝える葉書を時々貰いました。
 吉田先生はその海で潜っている時、心臓麻痺で急死したと級友に教えられました。
 お歳は多分25歳ぐらいだったと思います。

 しのべのタケノコが生える今ごろ、ほろ苦く辛い想い出とともに、油炒めのタケノコを一品作ってもらい、あの頃に思いをはせます。
 明日は梅雨入りの気配。
 “雨後の筍”が沢山生えるのが楽しみでもあります。

by oantaka | 2014-06-04 20:13 | さざえのつぶやき

おかしいとおもうんだけどなあ

 みんながそう言っているけど、立ち止まって考えると変じゃないの、と思うことが結構多いように思います。

 まず、ダイオキシン。
 ダイオキシンが猛毒だという話は、マウスを使った実験で猛毒があるということが分かった、というものでした。
 その後イタリアの田舎町の化学工場の事故でダイオキシンがばらまかれ、1週間だかダイオキシンまみれの生活が続いたのに健康被害が出なかったので改めて調べたところ、人間には影響のないことが分かった、というものです。
 その時は既に法律が出来ていて、今では畑で草を燃やして通報されると、役人がすっ飛んできて写真を撮られ始末書を書かされます。
 この法律が出来たため、公私の焼却炉の大半が使えなくなり、旧白浜町の焼却場も使用をやめました。南房総市では全部ではないのですが、ゴミを大型ダンプに積んで延々と銚子まで運んでいます。

 CO2は地球温暖化の犯人という説
 イギリスの学者が、産業革命によって二酸化炭素が増え始めたが、このために地球の平均気温が上がり始めたということをグラフ(ホッケースティック曲線)を使って説明しました。
 このまま行くと氷が溶けて海面が上昇し、住めなくなるところが続出するという警告です。
 この段階ではひとつの『仮説』であって『定説』とは言えないはずですが、致命的なことはこのグラフは捏造であったということです。
 今でも科学者の90%は「二酸化炭素の増減と地球の温暖化は無関係」と思っていて、寧ろ寒冷化に向かっているという学者いるそうですね。
 
 チェルノブイリ
 事故から25年過ぎたそうですが、原発反対派はあの事故を教訓にして原発は使ってはならないといいます。
 日本のメディアが囃し立てた“惨害”は、実は確かめもせずに煽った結果だということが分かっています。反対派はこれを足がかりに運動をしているのですが、WHOは「多く見積もって死亡者は100人」ということです。
 死者の数でいえば、大気汚染の死者は700万人/年で、その内、少なくとも100万人は石炭火力発電が原因である、ということです。
 『福島事故』の死者は0でした。

「平和憲法を変えてはならぬ」
 安倍さんが政権に就いて、憲法九条の解釈を変えようとしています。
 反対派は、この九条こそ日本の平和の肝だから、変更はまかりならんと言います。
 じゃ、他の国の平和は考えなくてもいいのかという突っ込みはこの際置いておいて、心底そう思っているのなら、百田尚樹さんがいうように、外国が侵略してきたら、最前線に行って「我々には9条があるから立ち去れ」といってもらいましょう。
 これで戦にならないのなら、日本国民は枕を高くして寝ていられるというもので、こんな有難いことはありませんね。
 ところが日本共産党は「こういう人たちに死ねという百田はとんでもないヤツだ」と何度も噛みついたそうです。分かりやすいというか語るに落ちるというか、自分たちの矛盾に気付いていないのでしょうか。
 その共産党は憲法制定時の議会で、「我々はこのお仕着せ憲法に反対する」と反対票を投じたということですね。あれかから一字一句変えたことのない憲法を、今では変えてはならないという。
 これはどういうことなんでしょうか。
 
 全くの話、どうなっているのでしょう。
 

by oantaka | 2014-06-01 14:38 | さざえのつぶやき

記念品のアジサイ

 合併前に任命されて以来、約20年選挙管理委員をしてきましたが、9月の誕生日で80歳。
 万一、委員長さんが惚けたら事務局が困惑するので辞めさせてもらうことにしました。
 新しい委員長さんも決まった昨日、事務局の肝いりでお別れと歓迎の宴を開いてもらいました。

 その記念品がこれ、アジサイです。
 語呂合わせめきますが、どなたの発案かアジなことをします。
 昨今のことですから、使える予算は知れたものでしょうに、ごてごてとした西洋アジサイ風でなく、日本人好みのアジサイを選ぶなど私とすればこんな嬉しい戴き物はありません。
 
 花が終わったら、庭に植え出してやりたいと思っています。
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by oantaka | 2014-05-14 20:14 | さざえのつぶやき

自治体という家族

 
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長尾川下流にかかる、通称『めがね橋』。長さ28㍍、幅4㍍の石造りアーチ型のこの橋は、明治21年3月竣工ということですから、130年近く昔ということになります。

 村民の寄付金399円40銭と、地元の石工さんによって完成したということですね。材料の石の殆どは、近くの海岸の『みずるめ』の石を切り出したものだそうです。この金額は、当時の60キロの俵3百俵に当たるそうですが、維新後20年足らずで、今と違って現金収入のあまりない時代でしたから、皆さんの心意気が並々ならぬものだったと分かります。

 戦後、100㍍下流に現在の長尾橋ができるまでは路線バスや戦車も通りましたから、安房中や安房高女に通った人は、毎日この橋のご厄介になっていたのですね。

 その後『日本の名橋百選』 や、千葉県指定の有形文化財に指定され、20年前から7千万円をかけて大規模な修復をし、大事を取って徒歩でだけ通れるようになっていますが、付近も公園風に整備されて、カメラ自慢の観光客も訪れる名所になりました。今の季節は、地元の青年たちによってこいのぼりが泳ぎ、暮れから正月にはイルミネーションが輝き、インターネットで紹介されるなど、ちょっとした名物になっていますね。

 また明治5年には、今のような学校制度が発令され、それまで寺子屋として使われていた川下の観乗院《かんじょういん》や、のちに紫雲寺と合併した、本郷の西福院《さいふくいん》などを仮校舎として、『滝口尋常小学校』 が発足しました。 その後手狭《てぜま》になり明治29年に学校を新設しましたが、この時の費用も村民の寄付で賄われたと聞いています。

 その頃の政府には、地方に回すお金の工面などとても出来なかったという事情はあったはずですが、自分たちのことは自分で賄《まかな》うという気概が住民にあったからだと、私は思っています。 

 戦後の日本は世界一の貧乏な国になりました。外国に売って稼ぐような天然資源がない日本は、働くことでしかお金を集める方法がありません。そして…、気付いた時には勝った国々を差し置いて、経済大国になっていました。而も世界の、殊に有色人種の国の信用は一番です。

 何故でしょうか。

 「汗を流して働くことが好き」、「約束は必ず守る」などなど、当たり前と私たちが思っていることは、世界では当たり前ではないという証拠が、日本が経済大国になった理由なのですね。

 さて、新しい南房総市ができて今年で8年目になります。国は広域の合併を進めるため10年を区切って、財政的なあめ玉の優遇制度を作りましたが、あと2年で約束の10年目になります。先日の『房日新聞』によると、その時南房総市は日本一の貧乏な市になると書いてありました。

 先月、市長・市議会議員の選挙がありました。無投票三選の市長さんと、20人の新議員さんに選挙管理委員長として当選証書を手渡す式に出ましたが、「皆さんの任期半ばにはその10年目の正念場が来ます。風光明媚な南房総市を、子孫にしっかりと誇りを持って手渡すために、毎日が選挙運動と思い、住民の先頭に立って励んでください。」と、異例のお願いをしました。

 「白浜には市営のバスが来ない」、「合併して不便ばかり多くなった」、「白浜はいつもおいてけぼりだ」「まだまだ無駄が多い」と不満が多いことは、私とて百も承知しています。でも、まさか不仲の夫婦ではあるまいし、「いっそ離婚だ!」というわけには行きません。

 同じような意味で、南房総市は一軒の家です。市そのものが少しでも元気を取り戻してほしいと思った時、家族の私たちに出来る方法として『ふるさと納税』という制度があります。大ざっぱに言うと、気に入った自治体に寄付すると、確定申告の時、その金額の大部分が税金から差し引かれるという制度ですね。

 大声で言えない金額ですが、何年か前から私は寄付を続けています。今年は家族みんなにこの寄付をしてもらいたいと、役所から申し込み用紙を6枚貰ってきました。明治のご先祖たちを見習って、みんなが分に応じて肩を入れれば、温暖で素晴らしい自然の風光明媚な南房総に若い人たちが増え、子供たちの賑やかな声が溢れ、観光で訪れた人たちも、もう一度来たいと思うようになるでしょう。 

by oantaka | 2014-05-12 20:52 | さざえのつぶやき

今年もツバメが

 家族6人が顔を合わせる夕食時、「ツバメはまだかねえ」と話題になっていたのですが、10日ほど前帰って来ました。
 帰ってきたと思っているのは私たちだけで、去年と同じ夫婦なのか“遺産相続”した子供なのかは分かりませんが、兎も角夜明けと共にその賑やかなこと。
 今、巣の手直しの最中らしいのですが、暫くの間は嬉しさ半分迷惑半分の日々が続きます。

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by oantaka | 2014-05-07 07:10 | さざえのつぶやき

憲法記念日

 憲法記念日の今日、半ばお付合いで『憲法フォーラム安房地域の集い』を聞きに行って来ました。
東京の砂防会館で開かれる民間憲法臨調・櫻井よしこ代表主催の『憲法フォーラム』を、館山の夕日海岸ホテルと光回線でつないで見ようというものでしたが、大手メディアのテレビ中継のようなわけには行かず、時々映像・音声が途切れて見難いところもありました。

 集まった人は100人ぐらい、自衛隊を退職した人などが中心だったような印象でした。
 当然、改憲派ということで、「一字一句変更まかりならん派」の人たちが闘志をかき立てる勇ましい面々かと思いきや、フォーマルスーツに身を包んだ、極く穏やかな紳士淑女の集まりでした。

 それにしても、占領軍が他国の憲法を制定するなど、多分国際的にも本来ならばあってはならないことでしょうが、それを後生大事に神棚に上げっぱなしで70年近く守ってきた日本国憲法って、何だか文化遺産みたいな感じがしてきました。
 言葉じりの解釈で変更したことにしようなど姑息なやり方はいい加減にして、国際的に通用する憲法に代えるべきだというのが櫻井よしこさんの主張でしょうね。

 そう言えば憲法制定時の国会審議で「押し付けられた憲法など、我が党はは受け入れることが出来ない」と、誠に堂々の反対演説をしたのは共産党だけだったとか。
 
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by oantaka | 2014-05-03 21:27 | さざえのつぶやき

昭和の日

 日本人の美徳を余すことなく体現され而も気負うことなく実行された、昭和天皇のお誕生日が巡ってきます。畏れ多いことですが、猫背で家鴨のような歩き方は、“さっそう”という感じからはほど遠い、生真面目一方に見えました。

 ところが実際には一流のユーモアと思いやりのお心をお持ちだったと、加瀬英明さんが書いています。
 
 天皇は散歩中にお堀の土手から都内を眺められるのがお好きだったそうです。
 昭和55年衆参両院議長や副議長をお茶の会にお招きになった時、社会党の秋山副議長が「陛下はお堀の土手から都内をご覧になるそうですが、一番のご関心は何でしょうか」と聞かれて「決まっているではないか。国会議事堂だよ。」と仰せになって愉快そうに笑われたということです。
 言うまでもなく、政争に明け暮れる議員たちをおからかいになったのです。

 昭和46年、両陛下はヨーロッパ訪問に出発しました。
 パリのフォンテーヌブローの森を案内された時、お見せしたい池のコイがなかなか現れず案内人が困惑しているとすかさず「今日は日曜日なので出てこないんでしょう」と仰せになって案内の人を慰めたと。

 昭和50年にアメリカを訪問された時、ディズニーランドでは子供たちとも交歓されて大いに楽しまれましたが、その時ミッキーマウスの腕時計を贈られて大いに喜ばれたことを、当時のニューヨークタイムズの東京支局長ヘンリー・スコット・ストークス記者が本社に送稿したのに、本社ではまさか謹厳実直の天皇が漫画の時計を使うはずがないと没にしてしまったとか。
 
 行動力は兎も角、腕時計ぐらいは真似たいと私もアメリカから取り寄せて常用しています。
 80歳の老僧とミッキーマウスの腕時計。
 このミスマッチが気に入っているのですが…。

 尚、ヘンリー・スコット・ストークス記者はイギリス人。
 最近、日本擁護の本(『連合国戦勝史観の虚妄』『何故、アメリは対日戦争を仕掛けたのか』など)を矢継ぎ早やに書いて、真実はどこにあったかを世に問うていますね。
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by oantaka | 2014-04-27 21:48 | さざえのつぶやき
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日が山の端にかかる残り少ない時間。思い浮かんだあれこれの独り言です。


by pantaka
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