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05817

日本は嘗て侵略国家で、周辺諸国に多大の迷惑をかけたといって憚らない人が、マスメディアを始め未だにおります。
 然し大東亜戦争そのものが、アメリカに追いつめられた末の自衛のための開戦だったことは、当のマッカーサーが言うまでもなく歴史の示す通りです。

 また東南アジア諸国に侵攻したことを侵略と言う人もいますが、結果としてアジア諸国を支配していた植民地国家からの解放のために侵攻したともいえるのであって、その国の人たちに銃を向けたわけではありません。
 
 現地の国民がどのように受け止めたか、ヘンリー・S・ストークスの著書によると、フィリピン大学のレティシア教授は「東アジアに対する日本の軍事進出は、色々の意味で、アジアに解放をもたらす力を、存分なまでにふるった。日本帝国の軍隊が、香港、ビルマ、インドシナ、インドといった、西側帝国主義の要塞を次々と攻略していった素早さは、それまで白人は不敗と信じていた諸民族を驚愕させた」と。

 日露戦争に続き、有色人種が太平洋でも白人国家を打ちのめした、このことがアジア諸民族に与えたインパクトは、当の日本人の想像を遙かに超えるものでした。

 ジョージ・S・カナヘレ(ハワイ日本経済協議会事務局長・政治学博士)は『日本軍政とインドネシア独立』で
1、オランダ語や英語を禁止した。このため公用語としてインドネシア語が普及した。
2、青年に軍事訓練を課し、厳しい規律や忍耐心を教え、勇猛心を植え付けた。
3、オランダ人を一掃し、インドネシア人に高い地位を与え、能力と責任感を身に付けさせた。
4、ジャワにプートラ(民族結集組織)やホーコーカイ(奉公会)の本部を置き、国土の隅々まで支部を作って組織の運営方法を教えた。

 その結果はどうだったか。

 日本軍が無条件降伏した1945年8月15日から2日後のインドネシア、スカルノとハッタは独立を宣言しました。
 宣言文の日付は05817だそうです。
 お分かりでしょうか。
 2605年8月17日、つまり神武天皇即位の年から起算する皇紀です。
 若し、日本軍によって侵略されたという認識ならば、こんなことになるはずがありませんね。

 更に態勢を立て直したオランダ軍が進攻してきた時、これに立ち向かったのは日本軍が創設したPETA(祖国防衛義勇軍)でした。更に旧日本軍人2,000人もこれに加わり、半数の戦死者を出しながら義のために戦ったということです。

 以上はヘンリー・S・ストークスの著書『なぜアメリカは対日戦争を仕掛けたのか』から引きましたが、最後に彼は次ぎのように言っています。
 
「今日、日本がアジア諸国から尊敬されなくなったのは、アメリカに追従して、経済利益だけを追求して、先の大戦に敗れるまで抱いていた気高い精神を、失ったからに違いない。歴史を失った国には品格がない。」
 

by oantaka | 2014-02-23 21:13 | さざえのつぶやき

江戸時代は暗黒時代?

 『江戸時代はエコ時代』講談社文庫)という本で著者の石川英輔さんは、「家永三郎さんの『検定不合格日本史』によると、〈長い間鎖国を続けたため、日本は世界の文化の脅威すべき進歩から取り残されてしまったが…。このことが幕府の専制を維持するためにはきわめて好都合だった〉といっています」と。 

 著者石川さんは「世界の脅威すべき進歩」が齎した植民地主義や現在の浪費経済を取り上げていますが、私はもう一つの視点「幕府の専制云々」を考えて見ます。
 家永さんに代表される“進歩的文化人”がこれをいう場合、「江戸時代の一般市民は、がんじがらめのお上の監視と貧乏とで、暗い人生を送らざるを得なかった」ということだと思います。

 以前、館山市立博物館で古文書の講座を聞きに行きました。
 教材は、畑地区の旧家所蔵の『年貢の取り立て帳』だったと思いますが、それぞれの田んぼが「日照りで半作でした」、「大水で流されました」、「ウンカにやられました」と割当を大幅に下回る年貢高になっていました。
 ということは「有無を言わさず取り立てる」のではなく「左様か。仕方ないのう」とお代官が決裁したということですね。

 大掃除をしていた時、沢山の反古に混じって『月並み俳句会』の投票用紙が出てきました。
 参加した人が、その日の自信作を半紙に書いて回覧し参加者が点をつける…というものですね。
 お坊さんも当然いたでしょうが、お百姓であったり小さな商人であったりと、普通の人たちです。
 若し「活かさず殺さず」の境遇であれば、とてもこんな遊びはできない筈ですね。

 白浜ダムの近くに、今は使っていない感慨用の堰があります。
 明治初年の完成記念碑に、主立った先達と思われるお百姓の俳句が刻んであります。
 生活にゆとりがなければ出来ないことでしょう。

 上は私が体験した例のうちのいくつかですが、江戸時代全般の治安や自治についてならば、世界にまれな住み心地よい世界をお示しできます。

 それでも尚「徳川時代は暗黒だった」という人が若しいれば、ぜひお考えを聞きたいのですが、青息吐息の暮らしとはかけ離れた、現在より遙かにゆとりに満ちた日常生活が目に見えるようですが、如何でしょうか。

by oantaka | 2014-02-05 21:06 | さざえのつぶやき
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日が山の端にかかる残り少ない時間。思い浮かんだあれこれの独り言です。


by pantaka
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